【怪談】波長が合う
岸田さんの最寄り駅には急行が止まらない。駅周辺はほぼ一方通行で道幅も狭く、車が入ってこれない道も多い。
だからなのか、この辺り一帯には猫が多い。放し飼いの家猫から野良まで、見かけない日がないぐらいだ。猫好きな岸田さんは、アパートの近くに集まる猫たちに餌付けして可愛がっていた。
「私、すぐ波長が合っちゃうっていうか、ほっとけないんですよね」
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昨年の冬頃から、岸田さんはある老人を頻繁に見かけるようになった。そのお爺さんは脚が不自由なのか、杖をついて左脚を引きずりながら歩いていた。呼吸器系が良くないようで、いつもゲェゲェと苦しそうに咳をしていた。
老人とは毎日のように道で顔を合わせていたが、ある時からパタリと見かけなくなった。ずいぶん身体が辛そうだったし、入院したのかな、と思っていた。
その日は仕事で遅くなってしまい、アパートに帰ったのは深夜1時を回っていた。
電気を消してベッドに入ると、しばらくして、玄関のドアの外に置いてある猫用のエサ皿から、カリカリ、カリカリと音がする。
(どこかの猫が来たのかな)と思った岸田さんは、ここ数日エサ皿にキャットフードを補充していないことに気付いた。
ちょっと面倒だけど補充してやろうと、玄関に向かいドアのチェーンを外した瞬間。何かとてつもなく嫌な予感がした。
(やっぱりやめよう)息を殺してチェーンをかけ直すと…ドア一枚を隔てた空間からゲェゲェ、ゲェゲェと激しい咳の音が聞こえた。
何であのお爺さんが…!?と混乱する岸田さんをよそに、ゲェゲェ、カリカリ。ゲェゲェ、カリカリ。ドアの前にいる何かは、苦しそうにエサを食べ続けている。
自分がここにいると気付かれたらまずい。しかし、恐怖で体が動かない。ドア越しに硬直していると、カリカリいう音が聞こえなくなった。やがて、部屋の中に何とも言えない嫌な気配が充満し始めた。
玄関の脇にある姿見に、ふっと人影が映った瞬間、岸田さんの脳は現実をシャットダウンした。気付いたら夜が明けていた。
「後から近所の人に聞いたんですが…あのお爺さんは、私のところに来たちょっと前に、部屋で独り、亡くなっていたそうです」
岸田さんはそれ以降、猫の餌付けをやめたという。